福祉一筋で看護師やってきたけんさんです。

 

福祉の世界でも色いろなブームがあります。ちょっと前だとユマニチュードとか、もっと前だと北欧式がいいんだとか、自閉症にはTEACCH(ティーチ)がいいんだとか、あの学者がこう言った、カリスマ介護士がどうとか。

 

個人的に思うんですけど、こういうブームに乗るのって、根本的にズレてるんですよね。

 

 

人を支援するときに大切なたった一つのことは、「その人の人としての権利をいかに守るか」ですよ。

 

人を支援するプロなら、何か業界でブームになったとき、

これは素晴らしい!

じゃなくて、

やっぱり自分たちのやってきたことは間違いじゃなかったな。

となって欲しいですよね(それか、あの人の支援に応用できそう!って支援に直結するとか)。

 

支援の中心になるのは「支援を必要としている人」なので、この人が人らしい生き方ができるためにはどうするか(つまり人権をいかに守るか)、が重要であって、なんとか式とか○○理論に沿った生き方がその人に合ってるかは別の話ですよね。

 

目が見えないから点字を教えるんであって、視覚に問題がないなら点字を教えようとは普通ならないですよね?

 

その人のことを知りたいからABAとかで分析してみたりするんですよね?

 

言語によるコミュニケーションが難しいからTEACCH試してみようかってなるんですよね?

 

それぞれはただの手法や知識であって、支援する側としては当然知っていなければならないものではありますが、支援の軸とはなりえません。だってそんなんでうまくいくなら、世の中こんなに生きづらさを抱えている人がたくさんいるわけないですから。

 

ぼくが福祉の世界に入ってこのことに気付くまで、かなり時間がかかりました。

 

そして気づいて実践すればするほど、自分は実践できてないことを痛感するんです。

 

福祉業界で出会った、ぼくが尊敬する方々はみな「自分はまだまだ」と言います。

 

人は絶対に他人のことをすべて理解することはできない。だったらその人がその人らしく生きる権利を、他人が完璧に守ることなんて、そんなこと永遠に無理です。

 

つまり人を支援する仕事をするなら、この仕事の基本中の基本である「人としての権利を守ること」は、永遠の課題になるはずです。

 

もし「自分はできている」、「うちの施設は大丈夫」とか思っているようだったら、それは嘘ですよ。そんな環境をで疑問をもたずにいると、他人の人生を踏みにじっていることに無頓着な人間になってしまいます。

 

ちなみに「自分(たち)はできている」みたいなスタンスの人って、福祉業界にあふれかえっていますけど、じゃあ本当にできてるかって言うと、ぼくが出会った中で皆無でしたよ。

 

まあ、そんな人だらけだから、仕事で話をしてても議論が成り立たないし、言葉が通じないんですけどね。もしそんな環境にいる人がいたら、早くそこから抜け出してください。そうしないとぼくみたいに病気になるかもです。

おすすめの記事